2012/10/18  1:38

無数の愛のカタチ  

屁理屈をこねるつもりはないです・・・。

でも、「本当に愛し合えるのは、一人の男性に、一人の女性」っていうのは、

本当にそうなんでしょうか・・・?

「複数男性」と「複数女性」が愛し合うという形式が「異常」とされてから、

たかが100年もたっていない。

日本の歴史はどう短くみつもってもまともな記録だけでも1500年以上あるわけだし、

その中で、「一夫一妻」になってから本当にわずかしかたっていない。


私には、「特定少数」のSMプレイなどで交流する男性がいます。

先方もたいていはそうかもしれない。

でも、そういう形態は、平安時代とかの王朝文化を理想としている私の場合、

むしろ自然に見えてしまいます。

変な例えばですが、どれだけイタリア料理が好きでも、

和食だって食べたいし、ハンバーガーも食べたいし、

中華やフレンチも食べますよね・・・。ひたすらに「一筋」というのは、

私は自分にかんしては、理解できないです。。。



「不倫」っていうのは、「隠れて行うこと」だと私は思っているので、

お互いに理解したう上であれば、それはただの「交遊」だと思ってます。

私の「連れ」がとても大切にしている女性と私は何度も面識もあるし、

京都へも台湾へもいっしょに旅行したし、

いろいろと見習いたいことばかりで、ほんとにその子のことを私は人として好きです。


こういう関係は、批判されることが多いかもしれない。

でも私はそうやって生きてゆき、死んでゆきます。


例え・・・・ 社会不適合者の烙印をおされようとも、

そんな取るにたらないことはどうでもいいとしか思えないです。

そこまで、時間が残っていない・・・。


言葉づかいが、どんどんと地の自分で描きつつあります。

そういうことをしはじめた理由は、私がSMっていう世界に踏み込んだ

本当の理由は、「幼少〜10代におけるトラウマ」だからです・・・。

やっぱりいろいろなところで聞かれます。

「なんでSM好きなの?」「虐げられるのが好きなの?」って。

当たり障りのない返答なら10も20もあるけれど、

本当の理由は、「かつて、虐待されたから」です。

これもありがちかもしれないけれど、そんな自分を「なんとか正当化」するために、

虐げられると快楽につながるように、心を変えていきました・・・。

そうしなければ、生きられなかった。

でも、悔やんではないです。そんな暇はない・・・。


こんなことはお店時代とかでは絶対に書けななかったけども、

おそらくは、よくある理由だと私は思ってます。




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