我が気功の恩師、津村喬先生に捧ぐ

2020/6/30 | 投稿者: 院長

2021年6月16日、津村喬先生は71年間の生涯を終えられました。
思えば30年前、何もわからずに太極拳をしていた私ですが、何か足りない気がしてなりませんでした。どこの教室に通っても何か満たされない気持ちでした。
もしかして本場中国の言葉がわかれば納得のゆく太極拳ができるのでは? と中国語も習い始めました。
ある日、別の気功教室に行ってみて、とうとう関西気功協会(当時)の津村先生に巡り合うことができたのです。先生は気さくで、私のような生意気な生徒にもニコニコと誠実に教えてくれます。太極拳は気功の中の動功に分類され、降りかかる火の粉を払うようなもので、暴力ではないことを知り、腑に落ちました。驚いたことに気功と仏教はよく似ています。「天台小止観」もそのひとつで、興味深い。
先生が教えてくれる気功は決して神秘主義ではなく、科学的に向き合って学んでゆくもので、さりとて科学の未知の領域に対しても心を開いて探求してゆくものでした。
気功師に手を当ててもらい病気を治してもらう「外気功」を先生は私たちにすすめませんでした。私たちが行うのは自ら気を巡らせて病気を予防する「内気功」です。
団体名が「気功文化研究所」と変わった頃には私の気功も少し板についてきた気がします。
気功研修も中国や、国内でも色々ありました。一番の思い出は2015年5月の天河神社での研修です。境内での早朝気功は寒かったけど、独特の気が流れていました。修験者の道を散歩したり温泉に入ったり。夜は抱朴子講義、日本書紀などから見た宇宙観、様々な呼吸法など、そして雑談、遅くまで話が尽きませんでした。星空をみんなで見ていてUFOが見えた? とか大騒ぎした夜もありましたね。
先生は料理も得意で、海外などに講義に行かれたときなどに仕入れたレシピや食材も買い込んできて、研修の時など手際良く何品も作ってご馳走してくれました。ワイワイと飲んだり食べたりの私たちを見てニコニコしていた先生。
先生とは、これからもずーっと会えると思っていました。
毎月送られて来る機関誌が滞り始めたときは、ずっと心配でした。
訃報を知ってから、今もなを眼に映る景色は寂しく感じます。
もっとたくさんお話ししたかったです。先生から教わったこと、私の生徒さんたちにしっかりと伝えていきます。
見守っていてくださいね

長い間、本当にありがとうございました。

津村先生が本名(高野 威)で書いた最後のfacebookが残っていました。

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