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2018/9/5

台風21号 追記  その他つれづれ

夕食の食卓に着こうとしたそのとき、
ピンポーン。「お宅の屋根が壊れている」と。

夫が出ると、隣のマンションの4階にお住まいの方が、
スマホで撮った写真を見せに来てくれたとのこと。

下からは見えないところで
雨が天井にしみているわけでもないので
分からなかった。

これは保険会社で費用は負担してもらえるようだが、
工務店はさんは大忙し。
果たしていつになったら直してもらえるかな?

夕食時、テレビを点けると京都も大変な被害!
世界文化遺産の西本願寺も、建物の一部が倒壊。

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八重桜で有名な平野神社も、
比叡山延暦寺も、

奈良では、春日大社・唐招提寺・法隆寺も。

近畿・四国のJRも私鉄もほぼ全て運休。

めたったに止まらない新幹線も
10時頃から東京・広島間が運休。

夕方からは、岡山・広島間は運行再開したが
東京⇔岡山の運行は翌朝からとなった。

台風についてずいぶん長く書いてしまったのは
歳とともに記憶力が低下しているので、
見たこと・感じたことを、記録しておきたいから。

私の心に残る怖かった天災は以下の通り

5歳 (1954 昭和29年9月)洞爺丸台風 石川県で
10歳(1959 昭和34年9月)伊勢湾台風 石川県で
12歳 (1961 昭和36年8月) 北美濃地震 石川県で
12歳(1961 昭和36年9月)第2室戸台風 石川県で
13歳(1963 昭和38年1月)38豪雪   石川県で
42歳(1991 平成3年9月) リンゴ台風 京都市で
45歳(1995 平成7年1月) 阪神淡路大震災 京都市で
61歳 (2011 平成23年3月) 東日本大震災 東京で
69歳 (2018 平成30年9月) 関空台風(!) 生駒市で

 こうみると、12歳までの7年間に3回も、
 日本の災害史に名を残す猛烈な台風を経験。

 洞爺丸台風の時は、5歳と1ケ月だったが、
 祖母が出棺する日だったので、強烈に覚えている。
 荷車に積んだ棺桶を、大人達が押して出て行った後、
 私と姉と、いとこ2人、子ども4人が家に残された。
 強風でしなって外れそうになる玄関の戸を
 泣きながら(1時間余り?)必死で押し続けた。
 翌朝、大変なことが起きたことを聞いた記憶があるが、
 それが洞爺丸沈没事件。
 死者・行方不明者あわせて1,155人に及ぶ、
 日本海難史上最大の惨事だったことを知ったのは、
 ずっと後年である。

 伊勢湾台風の時は強風と豪雨で、怖くて家に入れず、
 雨合羽を着たまま、玄関先に座っていた。
 その翌日、近くの鍋谷川の堤防がV字状に決壊したのを
 2階の自室で目撃。
 水が滝のように流れ出て、だんだんとその幅は広がり、
 水が家の方に押し寄せて来た。
 すぐに2階から降り、大人達に知らせて、
 向かいの伯父さんの家の畳を、2家族の大人で上げたため
 床上浸水したのに、畳は濡れなかった。
 私が堤防決壊を目撃していなかったら、
 おそらく畳は全滅したと思う。
 私の家は幸い床下浸水で済んだが、
 農業用の納屋が浸水し、玄米が水没して傷んでしまった。
 死者・行方不明者合わせて、5,098人と言われる
 日本の台風災害史上最悪の被害となった。

 第2室戸台風のときは石川県といえども、
 強風と豪雨で家の屋根近くの△形の壁が落ち、
 外が見え、隣の神社の大木がぶつかりあい、
 倒れていくのが見え、生きた心地がしなかった。 
 死者・行方不明者は202人で
 洞爺丸・伊勢湾台風から比べれば少ないが、
 高波・強風による被害は甚大だった。

 38豪雪のときは1週間学校に行けず、
 7日7晩、吹雪で家が揺れ続けた。
 燃料がなくなり、斜め前の納屋まで
 次兄が炭と練炭を取りに行ったのたが、
 母は生きて帰って来ることだけを願っていた。
 なぜなら、母は吹雪の日に道路脇の用水路に落ち、
 死にかけた経験があるから。
 吹雪で視界は1mほど。約30分後(?)
 ガラス格子戸の向こうに兄の姿が見えた時は、
 母と一緒に喜びあった。
 吹雪が止んで1週間ぶりに外に出ると、
 積雪は3mを超え、電線が膝の高さにあった。
 この豪雪でたくさんの建物が倒壊した。

 北美濃の地震は、阪神淡路大震災よりも、
 私にとっては怖い記憶がある。
 家が倒壊するのでは…と、
 夜になって余震がおさまるまで、
 怖くて家に入れなかった。
 
 地震は何と言っても、東日本大震災が怖かった。
 揺れが激しく長かった。
 「前川ビルは絶対に倒壊しない。あれが倒壊する時は
  東京の全てのビルが倒壊する」と
 近所の不動産屋の店主が話されていたので、
 私はセミナー受講生に向かって
 「皆さん、このビルは絶対に倒れません!
  こで死ぬことはありません!」と叫んでいた。
 それを聞いて受講生一同、安堵したそうだが、
 私は心の中では死の恐怖におびえていた。

 京都で体験したリンゴ台風は、自宅の被害はなかったし、
 怖かったという記憶もないが、
 今回の台風よりは強かったために列記した。


 今回の21号は、室戸台風コースだったため
 近畿地方は甚大な被害が起きた。
 しかし、子どもの頃に経験した
 3つの台風の時の恐怖と比べると、
 怖さは全く大したことはなかった。
 中心気圧や風速も下回るし、
 人的被害も比較にならないほど軽微である。

こうしてみると、人生は災害との戦い。

・災害に関する知識を深める。
・地震・豪雨・台風にも強い所に住む。
・地震は予知できないが、台風や豪雨はある程度予知できるので、
 被害が最小限となるよう、前もって良く考えて行動する。

これからも、まだまだ、
賢く・安全・安楽に生きたいと思う。
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