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2021/10/22

通天閣・新世界  

10/22(金)10時〜眼科の定期受診。

その後、東梅田の地下で
カレーランチを食べ
そこから地下鉄で恵美須町へ。

3番出口を出ると
真正面に通天閣が見える。

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塔の真下に入って見上げると
華やかな絵が描かれている。

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初代通天閣の復刻天井画とのこと。

ここから地下に階段で降りると
お店があり、入場券を買って

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エレベータで2階へ上がり
そこでレトロな外観のエレベータに
乗り替えると

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中は現代的な光と音。

すぐに5階展望台に到着
あべのハルカスや ↓

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天王寺動物園が見える。↑

通天閣のシンボルビリケンさんの両脇には

「濃厚接触お断りやで。
 エアータッチでよろしく」
   ↓
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「人と会うの久々で張するわぁ エアータッチでよろしく」↑

と、触ってはいけないことになっている。

そこで記念自撮り。↓

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いろんな展示物があり
前田健太投手の練習用グローブには
ビリケンさんが。   ↓

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一通り見て、階段で4階へ。

大音響の音楽が鳴り響いて

(「3密」をさけるため
 早く帰るように大きくしている?)

長居できず、すぐにエレベータで3階に。

そこは、戦前の新世界・通天閣の
記念館となっていて

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天井には当時の天井絵が再現されている。

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新世界と名付けられたこの地に
ルナパークと名付けられた
当時最新、最大規模の遊園が作られ

その中心に通天閣が建てられた。

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ジオラマが展示されていて
当時の通天閣はパリの凱旋門と
エッフェル塔を模して作られていた。

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解説が書かれたパネルが
ずらりと掲示されている。

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当時の写真には洋風建築の前を

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   大八車を引いている牛の姿も。       ↑

これはこの写真の場所のジオラマ。↓

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真ん中の立派な建物は ↑
阪堺電車の駅ビル

創建されたのは1912年
明治から大正に変わった年で

・国内では余部鉄橋が完成
・中国では清朝最後の皇帝
 愛新覚羅溥儀が退位

・タイタニック号が沈没
・ストックフォルムオリンピックに
 日本が初出場

日本人は西洋のモダンなスタイルに
あこがれていた時代。

だが、2年後の1914年
第一次世界大戦勃発。

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続く第2次世界大戦中の1943年に
焼け落ちてしまい
残った鉄柱は金属供出となった。

戦後、大阪の人々の熱意を集めて
焦土と化した新世界の地に
街と通天閣が再建された。

そんなことを、
隣室で上映されている
映画を見て知った。

京都に長く住んでいた私は

「通天閣周辺はガラの悪い所」
「近寄ってはいけない所」

とのイメージを
植え付けられていたが

こんなモダンで夢いっぱいの
所だったなんて、全く知らなかった。

やっぱし、来てみんかったらアカンね〜。

そこから、階段で3階の屋上に上がり
通天閣庭園を見に行ったが
自然の草木は1つもなく
全て造花・造草木。

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ここはビリケンさんではなく「夢かなえるゾウ」が ↑

2階に降り、ショップで
記念に根付を1つ購入してから

天王寺動物園へと向かって歩き
振り返ってみると…

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南陽を浴びた通天閣が
大きく堂々と見える。

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両側には大阪らしい
立体的な巨大看板が立ち並び

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食い倒れ太郎の衣装を
着せられたビリケンさんや
   ↓
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大小さまざまなビリケンさんに別れ告げ
12時〜13時、ちょうど1時間の
新世界滞在となった。
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