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2014/5/27

初ガツオ  グルメ(自宅)

友人のAさんが、高知県産の、冷凍のカツオのたたきを送ってくれた。
昨年初めて送ってもらって、今年は二度目。

半解凍の状態で切り、玉ねぎ・醤油漬けニンニク・ネギを刻んで、
ニンニク醤油とジャバラ酢を混ぜたタレをかけて食べた。
             ↓
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これがとても美味しくて、やみつきになってしまいそう。

実は、北陸で生まれ育った私は、高校卒業まで、
鰹節以外のカツオを食べたことがなかった。

私の実家の家族も「あんなもんは食えん!」と言っていたし、
鰹節にする以外に、調理して食べる魚だとは思っていなかった。

ところが、看護学校の寮に入ると「生利節」や「トンボ節」という
カツオやびん長マグロを、蒸して干したようなのが、
玉ねぎと一緒に甘辛く煮つけられて、出された。

私は生まれて初めて目にした、そのような魚料理は
到底受け入れ難かったが、他に食べるものもなく、
若かったためお腹もすくし、しぶしぶ食べていた。

しかし、食堂で周囲を見渡すと、
「美味しいね〜、美味しいね〜」と言いあって食べている
たくさんの学友がいた。
主に四国や九州出身の人たちであった。

彼女たちは、寮の米飯も「美味しい」と言いながら、
丼鉢に山盛りのご飯をパクパク食べていた。

「このベタベタのご飯や、血なまぐさい魚の煮つけを、
美味しいと感じる人がいるなんて!?」と、
私は信じられなかった。

初夏から夏になると、京都の暑さに参ってしまい、
いっそう食欲は落ち、体重も徐々に減って行った。

夏休みに実家に帰って食べた米飯は、寮の米飯とは全く違って
甘くてふっくらとしていて、魚も野菜もスイカも水も、
全てが美味しかった。

これが普通の食べものとして、食べて育ったのだから、
寮の食事が口に合わないのは、当然だった。

しかし、しだいに寮生活に慣れると、寮の厨房で料理を作ったり、
寮のオカズを調理し直して食べたりしていたが、
慣れとは恐ろしいものである。

あれだけ嫌いだった「生利節」や「トンボ節」と玉ねぎの煮つけも、
脂身の多い豚肉の薄切りとワンタンと白菜の豚骨スープも
3年目にもなると「美味しい」と思うようになってきた。

やがて卒業し、就職し、結婚した頃には、
カツオのたたきも食べられるようになった。

でも、美味しいものだとは、思わなかった。
「安くて手頃だから買って食べていた」というレベルであった。

人生で初めて、カツオを「美味しい〜(@@!」と感動したのは、
2001年2月11日(えひめ丸沈没の翌日だったので良く覚えている)
紀伊半島の先端に近い、橋杭岩の所にある
小さな食堂で食べたカツオの刺身であった。

これがカツオだということが信じられなかった。
新鮮であるのはもちろんだが、血なまぐさくなく、
すっきりとしていて、旨みと香りでふんわりしていた。

「きっと獲れてからのカツオの扱い方が違うのだろう」と思いつつ、
それ以来「あんな美味しいカツオを、もう一度食べたい」と、
思うようになった。

昨年、Aさんが送ってくれたカツオは、それに近い味だった。
そして、今年も味わえた。

「目に青葉、山ホトトギス、初ガツオ」と、
江戸の人々が、初ガツオを必死になって求めた気持ちが
少し理解できるようになった。

生駒は青葉が美しく、美味しいカツオも食べた。
卯の花も咲いたが、今年はまだ
ホトトギスの鳴き声は聞こえない。これだけが惜しい〜。

・・・・・・
追記 5/30(金)午前2:40、ホトトギスの鳴き声が聞こえた\(^o^)/
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タグ: カツオ



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