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2014/6/26

歴史はこのように見ると面白い  史跡

最近読んだ本で、とっても面白いと思った二冊の歴史本。

『日本史の謎は「地形」で解ける』 『日本史 汚名返上』   
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私は歴史も地理も地学も好き。
でも、全く専門的には勉強しておらず、まさに、雑学程度。

でも、これらを一緒に考えないことには、歴史を考えられない。

10年ほど前、長岡市の宮内駅前の旅館に泊まったときのこと。
そこでは、広間に集まって食事をとる。

ほとんどが北関東訛の強い男性客で、女は私一人。
物珍しそうに「どちらから?」と聞かれ「京都です」と答えた。

すると「昔の人は何で大阪ではなく、
奈良や京都なんつう不便なところに、都を作ったずら〜」と。

私は、すかさず「その頃の大阪は、海や湿地帯でしたから、
都なんて造れんかったんです」と答えた。

すると「ふ〜ん、そうか?!」と。

そういえば、私たちが中高校生時代、平城京、平安京の時代、
その頃の大阪は、海や湿地帯だったなんてことを習った覚えがない。

いつまで、大阪は湿地帯だったのか?
数年前、新大阪駅までタクシーに乗った時のこと。

私と同じくらいの年齢の男性の運転手さんが
「新大阪駅ができるまでは、このあたりは沼地で蓮田やった」と。

「へ〜、そんな近年まで?!」と驚き、
さらに、明治時代は、品川駅は波打ち際だった写真を見て驚いた。

その近くで育ったある女性は、私より若いのだが、
「港南口の方は泥沼で、私たちは子どもの頃は、
長靴をはいて遊んでいた。
そのことを知っている人は絶対に港南には不動産を買わない」と。

歴史を見るにも、不動産を買うにも、
地形や地学を知らないことには、「お話にならない」のに
統合して考えられるようには、中高校などでは教えられていない。

学校の勉強は面白くなかったはずや〜。

『日本史の謎は「地形」で解ける』を読んで、
利根川は東京湾に流入していたことを初めて知った。

東に流れを変える大工事を行ったのは
徳川家康が、伊達正宗の進軍を食い止めるためだったとは!
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これ以外にもなぜ織田信長は石山本願寺を
あれほどしつこく攻撃したのか?

一向宗徒が憎いからではなく、
石山という地が欲しかったからだったとは!

そもそも、私が読んでいる本の多くは、
夫が「これ読んでみ〜、面白いで〜」と、
私の好きそうな本を回してくれたもの。

この本を読んだ夫が「ピラミッドは、何で作られたと思う?」
「王の墓というのは、本当の目的ではないんや」と、
私に問いかけるので、私は迷うことなく「堤防」と答えた。
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「頭ええな〜、何で分かったんや?」と言うので、
「ナイル川の氾濫から、農地を守らなアカンやんか」と私。

などなど喋っていたのだが、読んでみるとほんまに面白い。

同様に、『日本史 汚名返上』も面白い。
私が真っ先に読んだのは田沼意次、それから徳川綱吉、
吉良上野介・井伊直弼・織田信長・・・。

今の日本では当たり前の政教分離。
これを断行したのが織田信長

基本的人権の尊重・動物愛護を徹底させたのが、
犬公方として悪名高い、徳川綱吉。

貿易・経済・流通を発展させようとしたが、
やり遂げられなかった人たちは、
「おごる平氏は久しからず」「わいろ・にぎにぎ」と
悪人のレッテルを貼られ…。

歴史は常に勝者によって伝えられる。

一面的にものを見るのではなく、
いろんな方向から、ものを見ることの大切さが
この本を読むと、とても良くわかる。

のぼうの城』を見て以来、行田市の石田堤あたりにも
行ってみたいと思う。
と、同時に、今の川の流れではなく、
当時の川の流れを知らないと、理解できなやろなぁ〜と思う。

そんなことを考えながら、
「あんなものを作った石田三成はバカだ」とか、
「北条攻めでは石田光成は勝ったが、
関が原では徳川家康に成敗された」と、石田三成も
ずいぶんと、悪人に仕立て上げられているが、
それも一面的。

いろいろ考えさせられた、とても面白い本だった。
みなさんもぜひどうぞ。
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