2013/3/12


「札幌に雪溶け水の洪水がざくざくと来た!」


長い冬が過ぎて、ようやく札幌も壮大な「雪解け」が始まった。
なんと今は夜なのにプラス6度もある。

北国に積もりに積もった「雪」という資源が、惜しげも無く流れてしまう。

この頃はこの雪を巨大なムロに溜め込んで、夏に涼風を作ったり、温度差でエネルギーに替えるなど〜この時代、雪は立派な資源なのだ。
シーズン始めのスキー場では、機械でわざわざ雪を作ったりしているではないか。電気や石油を使ってまで。
やはり雪は資源と言うことか。

雪はそのまま冬の貯水ダムでもあって、雪解けは自然の雄大なる水門の全開だ。
何というタイミングだ。
雪という姿で凍てついたままじっと春まで待っているのだから。

思い出した。
毎日でもスキーをしたかった中学生時代を。級友と残雪を求めて「まだら雪」をぬいながら山を登った事があった。
その日は春休みが始まる日だった。

藻岩山にはざらめのような雪が残っていて、この日が最後かも知れないと、山奥に消えて行く冬を惜しんだ。

雪の少ない年だった。春が早くて、いくらのぼってもこの日は滑る程の雪も無く、空が眩しいくらいだった。二人共とうとう担いでいたスキーを下ろした。
気に入っていたラクリーメンの赤い革紐、はあれから使うことはなかった。

その時だったと思う。友達が雪の隙間に福寿草を見つけた。ひとかぶの野生が陽光を受けていた。

私は思わずのぞきこみ、鼻が花弁に触れるほど顔を近づけた。
物語の中で咲いている花が今そこに雪を割って咲いている。

いつの間にかスキーをあきらめて、二人はぼんやり緩やかな斜面に腰を下ろした。
私は登りですっかり汗ばんで、襟元を拡げて早春の風を受けた。明るくてひんやりとした風を。

福寿草は花びらに残り雪の照り返しを受けて輝いていた。
光を透いとったのだろうか、風が吹くと薄い花びらが金色に震えた。

あんなにも雪解けを惜しんだ少年の頃だった。
あの赤いラクリーメンの革紐が懐かしい。

2013・3・12
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