2009/7/12

誰がための改革  偽装改革

今日がやっとの東京都議会選挙ではあるが、これに敗れて『麻生降ろし』を行ってはマスコミなどは『総裁選祭り』でもやるのだろう。あまりテレビなど見ないから、状況などあまり解らないが、一説では麻生首相が解散権を発動するとか。

本当にお祭り騒ぎが好きだね、マスコミは。解散権も本当は『陛下の大権』であるのだし「六法全書」でも「内閣総理大臣の権利」とは書いていないのに。
郵政選挙だって「内閣不信任案」や「総辞職」も出ていないのに、それでも『解散』と騒いだ前科もありますから。

選挙前に敗れるとか言うのも不吉な言葉だが、これと言うのも麻生にせよ、院政をやりたがる横須賀の暇人にしろ、改革と良いながら、思い切ったことをせず、ただの自己保身の為の改革だったから、それを見抜かれて国民にそっぽ向かれた事かもしれない。

最後のあがきにタレント知事を出して状況を打開しようなどともするが、総裁選と同じくただのお祭り騒ぎで国民に恩恵が無いからこれも無理だね。それぐらい小泉「保身」改革で国民の側からシビアに政治を見ているのだから。

「消費税をゼロにします」「憲法9条を破棄して北朝鮮に舐められない国を」と言う政党も、東京都議会選挙に出馬したとか。これに関しては皇室問題もさる事ながら、ボスがあの状態で、国民に恩恵を受ける様な思い切った経済政策を出してはいない。あるのはただの甘言だけ。

シビアに見ていると言う点では世間でのネット右翼に対する態度。これもマスコミやどこぞの格差肯定団体と同じく『娘の身売りなどの東北の農村の窮状を考えず、大東亜新秩序の理想に奔走した者』に対する冷淡な態度。

「恩恵など受けるなど甘ったれるな」と言う意見もあるが、大衆と言うのは共産党が恩恵を出せば「共産党万歳」自民党が恩恵を出せば「自民党万歳」であり、高尚な政治理想よりはその日をどうやって生きるのが現実であるのが庶民の本音。

古い自民党のケースでは、終戦直後に辛酸をなめて来た人が『国民を食べさせていく為』にどれだけ公共投資を行ったり、仕事を探してまで支持を集めて来たのもそのため。

だいたい、大衆から高尚な政治思想が受けいられるのは衣食住が足りて余裕が出た時だけであり、そうでなければ「この様な状況でそんな高尚な事が言えるのか」と冷たくあしらわれる。貧困ほどどれだけ人間性が摩滅して、精神に異常を来すほど恐ろしいものはないから。ただ流血を求める粛清をやりたがるのもそのためだし、現実そう言った凶悪犯罪も起きている。

私自身がネット右翼批判をするのも「北朝鮮情勢にある通り、平和ぼけで良いのか!のに対して「国民がまっとうに生きられるのかそうでないのかと言う極限状態で、そんな奇麗事が言えるのか?」とね。

相手を出し抜き出し抜かさねば生きていけない社会は、最終的に自分自身が食われる事になるから不安になって何かと相互不信で攻撃的な態度にならざるを得ない。そんな社会よりも「誰もがまっとうに生きられる共生共存の社会」「相手を認めあって認めあう切磋琢磨な競争社会」こそが望ましいのは当然であり、それが守るべき国柄だと思う。
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