2014/4/23

日比谷公園  短歌

春と言えば昔の思い出に上野の国立博物館(東博)と日比谷公園がある。どちらも今でも通りかかることが度々なのに、中学時代のその思い出は日比谷公園の方が薄い。私は中学高校と私立の女子校で団塊の世代より上の人数の少ない時代に、新入生五百人以上の大きな学校だった。四月に入学するとまだクラスの人の顔も覚えないうちに、現地集合訓練と言う名目で日比谷公園の散策があった。今で言うフレッシュマンキャンプは、秋に箱根一泊旅行があったから日比谷公園のは遠足のたぐいか、不思議に思い返すことも少なくて、友達から「ほらあの時」などと言われてもえ?と言う感じになる。

確かにその新入生達は都内各所から通ってきたわけだから、別系統の電車にも乗ったり時間に合わせて一人で行動する訓練にもなったのだろう。私は都心暮らしで、学校も徒歩通学圏内だったから、日比谷公園も歩いてはいけないけれどそう遠いものでもなかった。まだ都電が走っていて時間はかかるがとても便利だったので、「なんで日比谷公園」と思ったことと、チューリップが咲いていたことしか記憶にない。お弁当を持って行ったかどうかも分らないが、あの頃は何処に行くにしても何でも買えると言う事はなかったから、食べ物や水筒は必携だった。
集合すれば整列して班長は人数確認、クラス委員に報告、委員が先生に報告と言う体制が出来ていて、その訓練もあったかもしれない。この体制は軍隊式と言えば言えるかもしれないが、身についてしまうと騒々しい女子の集団でも短時間で確認ができてしまう。付け加えれば私の母校では良家の女子をお預かりしている以上、体罰と言うものが一切なかった。お説教はあったが、あまりこわくなかった。

日比谷公園は明治時代に軍の訓練や火薬庫として使われていたものを東京市が払い下げを受けドイツ式公園としてつくられた。第二次大戦後GHQに接収されていたが返還されて今の日比谷公園になったという。西洋式公園と日本庭園があり、日比谷公会堂、音楽堂、松本楼などもあるが、結構広いので行くときの目的の場所にしか行かないため、印象はバラバラな恨みがある。あのときのチューリップは、第一歌壇と言う所だったと思うがほかの花もいろいろあったに違いないのに何も覚えてはいない。今では日比谷花壇が出来、図書館も建て替えられて色々なイベントでテントを張ったりするので、どこだったのかもよく分からないほど変わってしまった。なんだかよく覚えていない話ばかりで恐縮だが、あれが共学では味わえない楽しい女学生時代の幕開けだったのだなと思う。

薄暗き校舎と紺の制服に隠しきれないチューリップの華 多香子
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