2014/9/19

秀歌(37)宮柊二G『緑金の森』『白秋胸像』  秀歌読みましょう

これまで宮柊二の歌集を少しずつ紹介してきたが、残る三集を今回は二つ、最後に真ん中の『純黄』を読もうと思ったのは、単に量の問題であるが、三集が柊二死の年の昭和61年567月に、妻の英子の編集によって刊行されているからなのだ。作品は第10歌集『緑金の森』が昭和53年〜55年第12歌集『白秋胸像』が昭和59年〜61年の柊二65歳〜72歳までの最晩年の歌である。
それまでも病を抱えながら頑張ってきた柊二が前集『忘瓦亭の歌』刊行の頃には脳梗塞などで大きなダメージを受けた。歩行、発音などにも不自由を感じ人手に頼ることも多かったろうが、作歌の気持ちは(数は少なくなっても)萎えず、この三集他の作品群を残すことが出来た。生活面での妻英子さんとお嫁さんの献身があり、淡々と解説を書いておられる高野公彦氏の存在もあったのではないかと思われる。

『緑金の森』
頭を垂れて孤独に部屋にひとりゐるあの年寄りは宮柊二なり

春晩く五月のきたる我が郷(くに)や木々緑金(りょくきん)に芽吹きわたれる

パタングウ大姉と名告り夜も寝ねず看取りてくるる妻に感謝す

母のごと妻が恋しも見舞妻去りてひと日のいまだ経たねど

苦しみて歌つくるわれ楽しみて歌つくるわれいづれぞわれは

『白秋胸像』
わがために咲きし桜か見まく欲り車椅子をば妻に押さしむ

城ケ島に白秋先生恋ほしけれめぐれる潮のかくもかがよふ

あつき夏の空となりたり仰ぎつつ若く兵なりし山西省おもふ

ハレー彗星は刻々接近するといふぬばたまの宇宙のまほらの闇を

素足にて土を踏みたし霜荒れの昭和61年の新しき土を

この十首の中にも三首妻英子さんを詠っている。以前当然のように振る舞っていた家長としての柊二が、妻を頼り感謝している姿は私達には好ましいが、妻からすると哀しい姿かもしれない。30年前に私の父が脳出血で全身不随になった時の母の献身的な介護の姿がオーバーラップする。そして東京のビル暮らしで病院生活は嫌だと思う私は、家に帰りたいと思っても土を踏みたいとは思わないだろうが、9階の病室で「土を踏みたし霜荒れの」土を思う柊二は新潟の生まれで、その風土は寒い荒れた土だったのだろう。
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