2014/10/14

秀歌(38)宮柊二H『純黄』  秀歌読みましょう

今回で、宮柊二の歌の紹介も終わりと思うと、私は何かを誰かに伝えられたのだろうかと思う。そう思う事が間違っているとか、殆どのブロガーがそういう気持ちを抱いているのではなどとも思う。時々出てくる「不識書院」さんと言う人は長岡の出で、宮柊二は高校の大先輩なので(白玉書房さんとも親しかったので、一冊と言われたが)本は作らなかったが、交流はあったという。私が宮柊二が好きと言うと喜んでくれる。「今の人は読まないでしょう」と言うので、いいえと言ったが、我々は「今の人」にははいらないだろうか。

『純黄』(じゅんおう)は第11歌集で前の『緑金の森』と同じ昭和61年の発行。やはり夫人英子さんの編集による。歌と言うのは体が利かなくなっても、頭がしっかりしていれば歌える。それは気力とか体力と言う部分もあるだろうけれど、何もわからなくなっている母を見ていると、よくわかることだ。そして、頭がしっかりしているからこそ絶望や希望が湧いて来るのだ。

老いぬれば見めぐり忙し子が孫が怪我し或いは病むと知らせ来

寝起きより寝(い)につく一日苦しけど生の証(あかし)の歌をばよまむ

朝かげに色燃ゆるごと月見草ひらける花の純黄に冴ゆ

なにゆゑかいろむらさきの桐の花咲かむ五月を心して待つ

赤まんま赤穂垂れたり庭ながら野の風情にてものおもはしむ

お尋ねのレスポアールはこの道の百メートル先薔薇咲かす家

他のことは思はず歌のみ詠むべしとこの褒章はわれを励ます

七十歳のわが誕生日に入院し白き病衣をわれはまとへり

ふるさとに行くこともなし魚野川越後三山夢に見をれど

中国に兵なりし日の五ヶ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ

ガラス戸は二つをわけてあらしめぬ消えざる雪と病む老人を

花を詠むということは季節を詠むという事で、病床なればこそ子規に「瓶に挿す藤の花房」の歌があり、花は柊二の心をも慰めるのだろう。四首目のお歌は珍しく軽口をたたいているような明るいお歌。後は段々述懐になっていく。
死へ向かって宮柊二の歌に劇的な変化は無いように思う。近藤芳美がキリスト教徒として宗教的静寂を得た最後の「マタイ受難曲」のようなものはなく、柊二は宗教には行かずかすかに日本的な自然への同化を「大雪山の老いたる狐」に残しつつ最後まで日常の歌の人であった。そこに私は人間としての柊二の大成をおもう。
これで私の柊二探検は終わった。これからどうすると思った時、柊二の向こうから師の白秋が私を手招きしていた。
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2014/10/17  8:41

投稿者:多香子

たちばなさま、拍手コメントありがとうございます。
詩集ぽつぽつ読ませていただいていますが、今は歌にのめり込んでいます。詩の自由度に対して文字数だけゆるい縛りの短歌が性に合っているのかもしれません。
またよろしく。

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