2014/11/3

「11月の歌」  短歌

10月には菊の歌をいっぱい詠んで、今月の歌を菊で纏めようと思ったが、題詠をしていると菊は題に馴染まないことがあると気付いた。ちょっと戦前の「モダニズム運動」の事など読んでいたので、そう思ったのかもしれない。現代の人がカタカナ語を使いそれが歌の中でも日常の生活を普通に表しているようになった。カタカナ語が日常にあふれて早い展開で新造語として流れ去るのは仕方ないのだろうが「しゃれた」感じを出す道具ではなくなりつつあるのかと思ったりした。

菊の花は秋を代表するのに、とても日本的で感情のありかもしとやかに落ち着いた女心のような所がある。振り返ると私自身はそういう女ごころはとうに捨て去って、振られ歌やあきらめ歌から立ち上がる割り切り歌を詠いたいので、菊に二の足を踏んだのだろう。ともかく菊の歌を五首。

「菊もいろいろ」

倒れ伏す野分の後の庭の辺の小菊という名はいとしきかぎり

傘作り菊の後ろに立つ人の顔は見えねど美しき人

白菊をたんと植えよういつの日か裏戸を開けてあなたは帰る

うつむきて悲しき名にも耐えているダンドボロギク雑草は強し

のこんぎく菊の仲間に入れられず一人さみしき駅の裏口 多香子

母のたった一本残っていた歯がとれた。上の歯は入れ歯だから一本だけの下の歯は邪魔になっても役に立たなかったから、目出度いのかもしれない。それでも何か献立を考え直さなければと寂しい感じもする。「菊の歌」もなんだか寂しい所があるなあと思った次第。

「風の*歌会」は「特別歌会」を経て「第一回」が始まる。主催者のやねうらねこさんが、新たな参加希望者はメールをと言っておられるので、リンク集の所に「エントランス」のURLを貼っておきます。
3



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ