2014/11/8

秀歌(39)岡部由紀子『父の独楽』  秀歌読みましょう

年を取ると涙もろくなると言うが、一方で中々感動するという事も少なくなるのだろうか。歌を読んでいてうまい下手などと心の中で思う事はあるが、自分が熱中している歌の世界だけに中々感動したりはしなくなって来ている。大体感動と言うものは心の動きだから、時を別にすればまた違ってくるし、その時の自分の状態と呼応するものがあって感じるものではと思っている。
この歌集「父の独楽』はちょっと違って、一読めから涙がぶわっと来て、休み休み何回読んでも泣けるのだ。不識書院刊なので、不識書院さんから出版のいきさつは聞いていたが、その後もあちこちの書評に取り上げられているのを「何だか評判良いんだよね」と彼が不思議そうにいっていた事由は読後私なりにわかった。
岡部由紀子さんは二年前に亡くなった歌人岡部桂一郎夫人で、夫の大きさに比べ経歴もあまり出ていない。しかし戦前から歌を詠み岡部と同じ同人活動にいて、山崎放代、斎藤史などとのあつい交流もあったようなのだ。まず歌を並べてみよう。

岸に置く青年の杖 たそがれは遁れきたりし者をつつめり

状差しに夏の終わりの日はさして「ユトリロの斜塔」やがてかげりぬ

台所の角に吊られし蠅叩き お前はなんと淋しい名前

氷頭なます酔へば五つ木の子守唄をとこはさびしき傷をもつかな

白猫のうすら瞼をとぢるとき「嘘だったのね あれは」といひしか

山の上より水流れくる夢をみきあなたは振り向ひてくれたかわたしを

別れ住む夏の夜長く重ねきて耐へざりしとき人を憎めり

夢に出て音なく廻る父の独楽 まぼろしに似し冬の夜のあり

こんなにもやさしい人をなぜ叱る 十年ながし長し十年

ありがたう なにも言ふことあらざればまだ暖かきこの手を握る

この歌集は岡部桂一郎死去のあと、それまで一冊の歌集も出せなかった由紀子氏の一生が詰まったような「一冊」なので、編年体でもないが心の中の澱をぶつけたようなところもあり、夫を愛し、恨み、支え、また愛した濃い気持ちがつまっている。短いこのスペースでは簡単な事しか書けない。歌壇の先生方はこの歌集の赤裸々な「介護」の部分に高評価を与えているようなのだが、私が前半から感じてしまったのは、これほどの才能を岡部桂一郎は殺していたのか、ということだった。「あとがき」に結婚当初「おふくろが白いものを黒い、と言ったら、それは黒いのだ」と夫から言われ、夫の歌を愛し信じるが故に従ってきた彼女が、介護体制に入って、夫を「自分のもの」に出来たこと、その死によってすべてを得てまた解放されたことが窺われる。80代であろうその年故に「はじめで終わりのこの歌集」となったことを残念に思う事も私を泣かせた原因かもしれない。しかし彼女はこの一冊を「残す」ということでなく、持って共に岡部の墓に入りたいと言っている、その気持ちにも私は打たれる。
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