2015/1/25

川喜多さんの鎌倉の記念館  短歌

東和映画の川喜多さんといえば、私達には輸入映画の買い付け、翻訳、配給となつかしい川喜多長政、かしこ夫妻である。娘さんの和子さんの名をちょっと失念していて、あれっと思って「東和 川喜多」で検索したらウィキでも色々な事が出てきた。
その中で鎌倉の雪ノ下にあった大きな山をしょったお屋敷が、市に寄付をされ<鎌倉市川喜多映画記念館>として2010年4月に開館とあった。土地は川喜多家が市に寄付し、市が5億円をかけて記念館を設立、毎年約3000万円の運営費を市が支払い、川喜多財団が運営しているとなっていた。鎌倉は谷戸が多く平地が少ないので、意外に地価が高い。路線価のない所もあるが、その場合は付近に準ずるので山をしょったお屋敷は相続に苦労する。市に寄付してしまいたいのだが、有名な文化人の場合建物から中にある贓物まで価値があったりする。市には十分な予算がないので、保存を頼まれると維持費に苦労することになるのですんなりとは受け取らないこともあると聞いていた。

旧川喜多邸は小町通りから踏切の方へ行く道にかなりな広さで板塀にかこまれたお屋敷だったが、山に添って小高い所に二階建ての大きな建物があったので、歩いていても望むことが出来た。昔は主人の家の行帰りに有名人の家などわざわざ散策することも無かったから、たまにお寺に花を見に行くときに通りすがりで誰それの家と見ることはあった。主人の家も山をしょって(山は市の物だが裾は敷地に入っている)いる分土地が広いのだが、川喜多さんのところは何倍もあるし駅にも近いので個人の分の相続は大変だろうと言っていたものだ。というのは細い道を挟んだ向かい側も川喜多さんのところで、そこは東和(映画会社の)の寮となっていたから法人持分だったのだろう。

お屋敷の建物は、わが家が昔旅館だった時の感じに似て、部屋数の多い為に二階も外廊下がついてガラス窓が並ぶ日本家屋だった。そのころには我が家は神田に越して、上野の家も売ってしまったのでビルに変り、川喜多さんの家を懐かしく見上げたものだった。ストリートビューで見てみると記念館は平屋の日本家屋になって、雰囲気はあるが入り口なども舗装されきれいになっている。旧川喜多邸と地図にある奥の方は見られないが、景色に映ってない所を見ると今は無いのかもしれない。向かい側の東和寮も駐車場になってしまったようだ。記念館のホームページをみると映画の上映会などのイベント企画で、貴重なものが見られるようになっているようだ。

うわさではどこそこに居たと原節子 鎌倉の町はまぼろしの住む                        多香子
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2015/1/26  0:29

投稿者:風太郎

今晩は。何時も大変にお世話に為ります。関東の景が色濃い内容のエッセイには本当に勉強に為ります。何時も拍手のポチは一番乗り見たいです。こらからも愉しいお話を。寒さもこれからが山ですお身体に充分と気を付けて下さいませ。メールします内容に付いて教えて下さい。

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