2015/3/26

秀歌(46)吉井勇の京都の恋歌  秀歌読みましょう

前に吉井勇の「寂しければ」連作と高知逼塞の話は書いたのだが、その後吉井勇本来の詩情深い耽美的な歌は取り上げないままになっていた。今頃になってというか、春になったのでというべきか、勇の京都の恋歌を紹介することにした。勇の若い時代の鎌倉の歌は「酒ほがひ」にしても真実味があって、半ば本当の恋であったろうと思わせるが、それは夏に書くことにして、朧にかすむような京の祇園での放蕩の歌を並べてみることにする。

『祇園歌集』(大正四年、新潮社刊)

かにかくに祇園は恋し寝(ぬ)るときも枕の下を水のながるる

鳥辺野に夜半に往かむと云ふは誰ささやきかはす舞姫のなか

秋江(しゅうこう)が閨の怨みを書くときを秋といふらむ京の仇し寝

しめやかに時雨の過ぐる音聞こゆ嵯峨はもさびし君とゆけども

月よよし寝じなと云ひし人のため宇治の一夜は忘れがたかり

『祇園草子』(大正六年、新潮社刊)

もろともに葵祭を見にゆかむ薄約束の君なりしかな

宵の口ただひとときの逢瀬だにうれしきものか京に来ぬれば

小夜ふけて角の芝居の果太鼓かなしく水にひびき来るとき

吉井勇は維新以後の伯爵家で薩摩系でも文化的な家柄であったから、早くから歌を詠み明星風な耽美的な抒情歌で一世を風靡していた。この頃の京都での放蕩は、文学的な批判はあびても社会的には普通に男の世界の遊びであった。
これらの歌にモデルはいるにしても、小説の登場人物のように花街の群像として浮かんで来る。そして明星風と言っても晶子の色彩感に比べ墨絵のような濃淡だけの風景が浮かぶのは、勇が男性だからだろうか。三首目の秋江は近松秋江、『黒髪』などで、いわゆる情痴文学作家。
このように書いていても、私は吉井勇が好きで、「伊勢」はともかく「荷風」だ「勇」だという女性は少ないのだろうかと首をかしげている。
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