2015/7/16

筒井筒A「伊勢物語」23段  古典(伊勢、源氏など)

この前書いた「筒井筒」の後半である。
前半は初々しい初恋が実るまでのお話で心が温まるが、何年かすると女の親が死んで暮らしが立たなくなる。今だとそう書かれていても「えっ」という疑問になるのだろうが、通い婚から同居になっても女の側に住むことが多かった当時は、女の側の親が面倒を見る風習だった。
男は商いついでに高安と言う所の別の女の所に通って行く。「もろともにいふかひなくてあらむやは」という言葉がいじらしくて好きだ。意味は「一緒にいて、ダメな暮らしになっていくのならいっそ」というようなものか。

前からの女はそれを恨みもせずに、男を高安へ送り出すので、男は女の方こそ浮気をしているのではないかと、出かけるふりをして隠れて見ていた。すると女が化粧も美しく、外を眺めては

風吹けばおきつしら浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ
(気候が悪いと大変難儀な龍田山を、夜半にひとりで貴方は越えていくなんて、心配だ)

と詠ったので、愛しい女と思って河内へも行かなくなった。

たまに高安にいくと慣れてしまったその女は、自分からご飯をよそったりして、それが興ざめだと男はすっかり行かなくなってしまった。

君があたり見つつを居らむ生駒山雲なかくしそ雨は降るとも
(君の居るあたりと思って生駒山を見て暮らしているのだから、雨は降っても雲よ生駒山を隠さないで)

これは高安の女の嘆きの歌であるが、現代に読むと随分勝手な男の話に思われる。しかし、田舎を商売して歩く男の話にしては、どちらの女も御大層だし、自分でご飯を盛ったからみっともない(つまり給仕は下女のする事)というのも身分のある人の話ではないだろうか。これは「伊勢物語」が出来る過程で、良くある話に貴族階級が筆を加えて出来たためではないかと、私は推察する。
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2015/7/16  21:17

投稿者:多香子

けいとさん、でいいですか。
「虹」の歌、今結果が出て久しぶりの零点。こう言う時はへこみますけど、すぐ次に掛かります。
前は文語で詠んでいたのですが、この二三年は口語になってきました。毎日の歌会に慣れたら、N短などに投稿すると「うたの日」の人が大勢いますよ。
左端のカテゴリー欄の「古典」のところで「伊勢」の芥川の段、出てくると思いますので、読んでみてください。

2015/7/16  20:03

投稿者:小川けいと

2度も書き込んで申し訳ありません。
芥川の段、鬼一口ですね。
あの草の上の露のやりとりなど、名場面が多いです。
最後のミステリアスな感じもたまりません。
歌物語は状況の説明がある上に和歌が配置されるので、
物語の中にどっぷりとはまれるのが好きです。
私も止まらないです…
申し訳ありませんこのへんで失礼します(;´∀`)

多香子さんの歌は落ち着いた静かさがあって、
毎回勉強させていただいております。
私は始めたばかりの短歌に毎日うんうん唸っております。
また、うたの日でお会いできること楽しみにしております。

2015/7/16  19:37

投稿者:多香子

小川けいと様
コメント有難うございます。「うたの日」お始めになってご活躍の事ですね。この所振るわない私は、少し鬱屈したりして・・・
「伊勢物語」好きの方と遇えて嬉しいです。「源氏」はどうしても暗記するまでにはならないけれど(長いし)「伊勢」は短くて覚えやすいです。前に書いた「芥川」の段が一番好きです。(喋り出すと止まらない)
私はかなりの年なのですが、これからもよろしくお願いいたします。

2015/7/16  17:23

投稿者:小川けいと

初めまして『うたの日』で多香子様の短歌拝見しております。

伊勢物語が好きなので記事を楽しく読ませていただいております。
高安の女は絵巻などに描かれる場合もしゃもじをもってごはんを盛り付けていて、
あのコミカルさはほかの絵巻や挿絵にもあまりなく個人的にすごく好きです。
ただこれが『女性としての魅力が減点される』の表現なのか…と考えていました。
貴族階級が筆を加えたのではとおっしゃっていること、非常に納得しました。

多香子様の古典について書かれてる記事、短歌についての記事、
今後も楽しみにしております。

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