2015/8/21

秀歌(53)吉井勇 鎌倉の恋  秀歌読みましょう

吉井勇は東京の生まれだが小学生までを鎌倉材木座で育ち、中学後は東京の学校を転々としたが、結核療養の時期にまた鎌倉の別荘で暮らしている。第一歌集「酒ほがひ」(1910年刊行)は「パンの会」に入ってからだが、「明星」時代の鎌倉の日々の歌が初めに置かれている。
後半になると紅灯の巷で放蕩生活の芸者、半玉との恋が出てくるが、「若き日の夢」「夏のおもひで」と題された前半には青春のときめきや、同じ別荘族の女性と思われる素人との恋が美しく描かれている。まず七首を並べる。

鎌倉の扇が谷の山荘に朝のわかれを惜しみけるひと

姦ましくなに囀るとわれ問ひぬ黙す(もだす)ときなき鳥の少女に

鎌倉のうら山づたひ君とゆく山百合の花月草の花

砂山にこよと書きこす君が文数かさなりて夏もをはりぬ

もろともに鎌倉憂しとぬけ出でぬ君や誘ひしわれや誘ひし

滑川越すとき君は天の川白しと云ひて仰ぎみしかな

かの宵の露台のことはゆめひとに云ひたまふなと云へる君かな

前から書いてきたように、私の主人の家は鎌倉で「扇ヶ谷の山荘」の庭に育ったのだ。それは勇の歌の山荘とは違うけれど、その歌を読む時にはあの辺りの風景を思ってしまう。勿論時代は違って明治末期のころだから、私が知る鎌倉よりもっと静かにひなびていたと思われる。

全体に明星の風の強い作品で、「君や誘ひしわれや誘ひし」などは晶子の歌そのものである。五首目の歌は女性と伊豆旅行に出かけようという歌で、後の歌ににその旅行のことが詠われている。六七番の歌にも感じるのだが、人妻ではないにしてもどこか秘密にしなければいけない恋であったのでは。(吉井家は伯爵で、鎌倉には貴族の別荘もかなりあった。)モデルは示されていないが、のちに歌集にして発表できたのは、時間が経って青春の一ページとなったからではないかと思う。
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2015/8/21  19:30

投稿者:多香子

けいとさん、いつも見てくださって有難う。
私は吉井勇が大好きで、ブログ内検索で他の話も出てくると思いますが、なかなかなものです。
歌集は文庫本で出ているので、安く手に入ります。けいとさんは、新古今などもお好きだったら、小島ゆかりさんの昔の物などもお好きかもしれませんね。

2015/8/21  17:17

投稿者:小川けいと

多香子さんこんにちは。
吉井勇は祇園の歌しか知らなかったです。
こちらを拝見し、歌集を手にとってみようと思いました。
ありがとうございました。

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