2017/10/27

「学士会館」  

先日、中学校のクラス会が有って、学士会館のレストランに行ってきた。学士会館の中は入ったことがあるけれど、会食するのは初めてだと気が付いた。私の出た中学高校は〇〇女子学園の中で中高大と繋がっていたが、それぞれが校舎も別々で(今は中高一緒になった)同窓会は一つだが、クラス会はそれぞれクラス単位でやっている。
私は高校の方の幹事なので、母の介護の間も高校の方は三年ごとで参加していたのに、中学の方はずっと参加していなかったのだ。高校の方は斜め向かいの「如水会館」を何度か使って「学士会館」でやったことはなかった。

「学士会館」というのは、東大の会館の様だけど、今調べたら旧帝国大学の学士,修士、博士および教授職員などで構成される「学士会」をもとにした社団法人である。沿革は明治18年だから大層な歴史で、いまの錦町の建物は初め大正二年の木造建築が焼失後、関東大震災で再建ならず昭和三年ほぼ現在の形で建築されたものと言う。重厚なレンガ造りで基礎も耐震になっていて、戦後すぐGHQに接収されたが返還後内部改葬はしたのだろうが、あまり変わらずに国の「有形文化財」に指定されている。

この地域は明治のころに出来た多くの学校(今の大学の前身)が有ったところなので、斜め向かいには「一ツ橋大学」があり(土地名が一ツ橋)私が高校生ぐらいまで「一ツ橋講堂」が残っていた。その隣如水会館は建て直して、講堂の跡地も含めて立派なビルになっている。東京大学と言うのも「昌平黌」(今の湯島聖堂のところ)や蕃書調所、明治になっての大学南校などを集めて一つの大学になって行ったので、ここが初めと言うのでもないが、表に碑が立っている。

3,11のとき「九段会館」が天井が落ちて以後閉鎖になって居るから、何となく古い建物は怖いなあと思ったが、内部もどっしりとステンドグラスが廊下沿いにあり(叔母がステンドグラスを作っているが、地震には強いものなのだそうだ。)トイレなども新しくしてあって、さすがに「持ちそう」だなと思った。クラス会の感想は、そう言う重厚でグレードの高い場所でも女子校出のおばさんたちは臆せず、〇〇雀の名に恥じない騒ぎを上品に行えるものだと言う事だった。

外国の景と思いて「この道」を友と歌いし女学生の日 多香子
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