2020/5/15

「エビアン美容室」のこと  

もう無くなってしまったお店のことを時々書くのですが、今回のコロナで自粛要請の職種に東京都は「美理容業」を入れようとして、国と対立しました。その時以前隣りにあった「エビアン」美容室のことを思い出したのです。

その店は戦後29年に家が神田に越してきたとき、一足先に隣に開店していたお店でしたが、はじめのころは一階を喫茶店に貸して、二階で美容院をしていました。家の一角は「治作」という大きな料理屋さんの跡地で、分割して何軒ものお店が買い取って住まいとお店にしていたのです。家はその真ん中の大きな場所を買って旅館でしたから、いろいろなお店とつながりがありました。一階の喫茶店はしばらくしてやめて、美容室が一階になりました。

「エビアン」さんはお隣だったので、ずっと仲良くそこの「先生」と画家のご主人、妹さんたちと家族ぐるみのお付き合いでした。その「先生」は神田明神の出入りの美容室の娘分だったので、結婚式の着付けから、明神下の芸者さんの髪までやっていました。明神下の女将さんや、引退したお姐さんたちが来て昔話などを聞いたりして耳学問にもなりました。(明神下は講武所芸者と呼ばれ、地方からではなく自前で出ていた人たちが多かったそうです)

特に親しくなったのは私がいい年になって、先生も70過ぎてからご主人が弱り私も相談相手になったり、その分カットは安くやってもらうなど持ちつ持たれつで暮らしてきました。私は髪が天パーなので、パーマはいらず月に一度のカットだけでしたが、じっとしているのが苦手でその先生でないと切ってもらえないし、先生のところはお風呂がなくて(すぐそばにお風呂屋さんがあった)お風呂屋さんが無くなってからは家に入りに来たりしていました。ご主人が亡くなって先生も85、ひとりでお店をやっていけなくなってこの辺りが(家も含めて)マンション建設の時売って妹さんのところに行ってしまいました。

私は髪は家中お互いに切りあって、なんとかなっていますが、あんなに仲良かった「先生」も遠くはなれてしまうと亡くなったときも知らせはなくて、後から聞いても詮無いことでした。

髪を切る銀のはさみの冷たくて首筋うつす鏡をみつむ  多香子
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