2020/7/3

「城ヶ島の雨」  

童謡というのではない、みんなが覚えているわけでもないけれど、忘れられてしまったわけでもない歌に「城ヶ島の雨」がある(と思う)
大正二年島村抱月の「芸術座」の新曲発表のため、白秋に依頼された詞と江差追分をもとに日本民謡の韻律による作曲の妙が作り上げた作品。大正二年というと白秋は「桐の花事件」前後の自殺未遂、三崎での結婚など三浦三崎に生活拠点を移していたので、城ヶ島の情景も心にしみるような雨の風景をとらえていたのだろう。
この歌は一番二番という分け方でなく、曲も変化するので小学校で習ったときはとても歌いにくいものであった。

「城ヶ島の雨」 北原白秋作詞 梁田貞作曲

雨はふるふる城ヶ島の磯に 利休鼠の雨がふる。
雨は真珠か、夜明けの霧か、それともわたしの忍び泣き。
舟はゆくゆく通り矢のはなを 濡れて帆ぬげたぬしの舟。

ええ、舟は櫓でやる、櫓は唄でやる、唄は船頭さんの心意気。
雨はふるふる、日はうす曇る。舟はゆくゆく、帆がかすむ。

私たちのころ、区の小学校では油壷と城ヶ島へ遠足に行くことが決まっていた。(横須賀も入っていたのかもしれない)それでこの難しい歌を小学生に教えたのだろう。子供たちは「利休鼠」のところにとびついて、空から鼠が降るのだと面白がったけれどみんな本当ではないと知っていた。
先生はそれが色の名前であることも教えなかったし、よく読めば男女の後朝(きぬぎぬ)の歌であることももちろん教えられなかったのだろう。その遠足のころ城ヶ島には遊覧船で渡り、油壷には水族館もなくて楽しい記憶はほとんどないのに、この歌の哀調や品の良さは今も頭のどこかに残っているのだ。

空からはイタチも鼠も降らなくて利休好みの鈍色の雲   多香子
3



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ