2021/6/18

秀歌(99)坂井修一「角川」四月号より  秀歌読みましょう

竹橋の教室が終了して、コロナのために昨年の12月で坂井先生の講義も最後となってしまった。東大の図書館長、副学長となったために定期の副業は出来ないというお話で、もうお会いしないのだなあと寂しい思いのうち今年の春を迎えた。講座を離れたのだからこうして一読者として歌評なども書くことが出来るのだけど、やはり「坂井修一」という逸物の魅力は伝えられないだろうと気が付いている。
彼の本業である情報工学とかITなど私には縁がないけれど、一方の「短歌」の世界も実は「本道」なのではないかと思われる。理系の人が自己のロマンを表現するため詩歌の世界に入っているのは多く見かけるが、坂井氏の歌には常にギャップを嘆く偽悪的な姿勢が見られる。本当の真面目な姿を知るとそこが「男らしくない」魅力だと思うのは私の勝手だろうか。
「角川短歌」四月号巻頭28首から七首を引く

「ヤフーの世界」

枯れはやき草食みながら軽鴨はほほを打つ風楽しむならね

節目なく年すぎゆかむ風の庭レモンの実ふたつかがやかせつつ

実とは死んでゆくことレモンの実来む春の死を秘めてひそけし

ビオラ咲きフェイジョア繁る春の庭妻のたつとき庭は色もつ

ビットコイン仮想空間にうばいあふ七十七憶ヤフーの世界

学位審査ひとつ終はりて思へらくかしこきは心直くあれかし

六十二歳世界旅行に出た父よ同い年われは生ゴミ縛る


こうして引いたものだけだと、さして難しい歌群ではないが、孤高を思いつつ現代と対峙したい人間のコロナ禍にみせるとまどいか、いつものようにはにかみながら詠んでいるようだ。四首目のように、ご夫妻がお互いのことを詠むとき、私はある安心感につつまれて気分がよくなる。
彼の歌は常に難解で万葉風の言葉も多く使うようになっているが、人の世にまだまだ信頼をおいていると思われる。
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