2013/9/22

古語辞典と国語辞典  短歌

ここまできて、また小難しいことを言い出すのだろうと思うあなた、そうなのです。今日は皆さまがお歌を詠んでから、推敲をするときに是非疑問に思う事は辞書にあたって欲しいという事を書きます。じゃさようならって言わないであなた。

あなたは辞書は本派ですかそれとも電子辞書派でしょうか。どちらだっていいのですが、私は年寄りだから慣れ親しんだ本型の方が好きです。唯一よくないのは自分の眼が駄目になってきて、辞書の細かい字が読みにくくなったこと。それを除けば辞書は高校生ぐらいから使っている手によく馴染んだものがいいのです。広辞苑のように持つのも重い大きな辞書でなくても、かなりの事が書いてあります。殊に文語文法は、高校でやったきり忘れていたと言う人には、その習った時の辞書と文法表が思い出す手伝いになると思うのです。
文法表と聞くだけで吐き気のするあなたは、口語短歌で素敵な世界を広げてください。でも現代国語だって、文法や使用法というものがあるのです。

もとより太古の時代から言葉はあり、コミュニケーションがあって、様々な表記が出来(と私は考えています)文法はありませんでした。それぞれの集団の中で通じ合い認められた言葉が通用していったのでしょう。公的な機関が出来れば公文書の様式が決められ「ものがたり」の分野ではやまとことばによる文章がお手本になっていきます。歌は万葉以下「勅撰集」がお手本となって来たのです。
でも現代の我々は、文語で話をしてもいないし、旧かなで文を書いてもいないのです。文語の歌や旧かなづかいは、このごろの流行の様な気もします。雰囲気が出るのは確かですが、歌に深みが出るというのはどうでしょう。
慣れない文語で思う事が十分詠えないのなら、まず思いきり詠ってみて、文法の部分を辞書や文法表にあたって直していけばいいのだと思います。
短歌は省略の文芸といわれますが、近頃文法にこだわりすぎて、それは〜の省略だと言われても納得しない人がいます。短歌では昔と違って係り結びの「ぞ・なん・こそ」はいかにもだからと省略されることが多く、連体止めが結びに来るとおかしいと言い出す人がいるのですが、係り結びは高校までに習っているはずなのです。

昔の歌の先生は、辞書なんか使ってはいけない、全部頭に入れなさいと言う方もあったようですが、私達の年になってくると、どんどんこぼれていく方が多いので、ぜひ辞書や資料を使いましょうとお勧めします。長々とお付き合いいただいたので、まずい歌を一首渋茶代わりに

壁一面仏壇組み込む本棚に菊の香りの古本並ぶ  多香子
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2013/9/23  14:55

投稿者:多香子

風太郎さま私もこのビルの建て替えのとき、家財の三分の二をすてて、本も半分払いました。もう家では新しい本を買ってはいけないことになっているのですが、図書館が遠い上に、神保町がすぐそばなんです。行かないようにしています。

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