2013/9/25

長崎カステラ  短歌

ちょっと前のことだが、八月の終わりに弟夫婦が五島列島に旅行に行った。いつもは「どうせ名物にうまいものなしだから」「貴方たちは気が利かない」「きっと喜ばないに違いない」とお互い言い合っているのだけど、今回は電話をかけて福砂屋の「長崎カステラ」を送ってと注文をした。
東京では文明堂のハニーカステラはスーパーでも売っているが、福砂屋は三越まで行かなければならない。この頃はデパートにもいかないので伝があれば頼むにかぎるのだ。福砂屋にこだわるのは、カステラの下の紙のあたりにザラメがとどまっていて、かむと「じゃり」っとするのが皆好きなせいで、年中食べるわけにはいかないから頂き物を待っていたりしたものだ。
五島と言えば、母には私が得意げに人に話す武勇伝がある。70代の頃母が長崎ツアーの一行から離れて、単独行である島に上がった時フェリーの人から「一時間で帰ってきてくださいね」と言われたのに、内心「やなこった」と思った母はゆっくりと見物して船着き場に戻った時には、その日の便はお終いだった。母は気強く役場の観光案内所に行って「私はどうしても平戸へいくのだ」と訴えた。役場の人は「今日は民宿があるからここに泊まりなさい」と言ったが、母は「私はもう島に泊まり飽きたから、どうしても平戸に行く」と言い張った。困った役場の人がいろいろ考えて、ちょうど島へくる貨物船があるから、それに乗せようということを思いつき母は結構大きい貨物船にのって(多分平戸の近くという)名も知らぬ波止場に降ろしてもらったのだ。そこで終わりではなくて、波止場でキャッチボールをしていた若者をつかまえ「私は平戸へ行きたいから、駅までタクシーを呼びたい」と頼んだ。とんでもない老婆の出現に驚いた若者たちは、やってきた仲間のトラックを止めて「このバアチャンを駅まではこべー」となって母はまんまと目的を果たしたのだ。

帰ってきた母からその話を聞いた私は(その頃染めない髪はほぼ白で)「髪が白くて年寄りだから大丈夫だったので、髪が黒くて若かったら、どこかアラブの国に売り飛ばされていたぞ」と怒った。随分無茶もやったり人から親切にしてもらって、日本中いっぱい旅をしたけれど、本人は今はどこへ行ったか殆ど忘れている。
そんな母も甘いものだけは大好きなので、届いたカステラはおいしく頂いたのだった。

カステラの甘き夢みつ波まくら長崎の旅はゆらりゆられて  多香子
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