2013/10/28

秀歌(19) 森岡貞香  秀歌読みましょう

私は森岡貞香という歌人を本当に知らなかった。(もっとも知らない歌人が山といるのだけど)NHKのテキストなどで名前や写真を見かけてもお年からして古いような気がしていた。今回ご紹介のために少し読んでみて、現代の女性歌人は少なからず影響を受けているのだろうと思われる歌風であった。その方たちにすれば私がここに書くことなど、いまさら何を言っているのと思われるだろうけど若い方たちは今自分たちが自然に使っているレトリックが、戦後現代短歌の歌人たちにより苦心して編み出されてきたことも知って欲しい。
森岡貞香さんは1916〜2009年、亡くなったのが93歳という長命であったが、松江市生まれ軍人の娘、軍人の妻、未亡人として戦後を迎えた。女一人子供を育て日本人として戦後を生きていく新しい人生だったと言うとらえ方もあるし、その時代の女性は皆そうであったと言えるるかもしれない。「女人短歌」創刊に加わり、のち代表も務め、後年「石畳」主催。

月のひかりにのどを湿してをりしかば人間とはほそながき管のごとかり                      『白蛾』

きのふまたけふ厨の方へ行かむとし尻尾のごときを曳きてをりけり

飼猫をとぢこめしかどいつしかや葬のまにまに猫の居りけり『百乳文』

一首目、『白蛾』は1953年第一歌集だから、下の句の句またがり、字余りなど新しい歌を模索し色々に試している姿が見える。上の句の「月のひかりにのどを湿」すという表現も今ではそこらに見かけるが、当時ではかなり新しい表現だったのではないだろうか。
『百乳文』は1991年で次の年超空賞をとっているから、晩年の安定感がある。しかし二首目の「尻尾のごときを曳きてをりけり」は、こうと言い表せないが「わかる」と思わせるうまい表現で、日常のささいなことを何かありそうに歌う工夫というか「うたいかた」というものなのだろう。三首目の猫になると私も父の葬儀の時にそんなことがあったなと思いだすが、猫の不思議さみたいなものを自在に詠っている。
戦後の女性歌人は、「女人短歌」というものを立ち上げて地歩を固めねばならなかった。その先人たちから習い教わって、次の世代が現れ、また次へと続いて来たし、乗り越えて行こうと工夫もした。今女人とか女流とか取り立てて言う必要がなくなって来ている現状で、若い人たちは先人を知らずにその「歌い方」をわがものとして歌っている。
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