2013/12/6

古今集の序の歌  古典(伊勢、源氏など)

12月といえば気ぜわしなくて、ゆっくり歌なんか詠んでいられないと思う方もいるでしょう。今日の話は難しくもないし、ちょっとコーヒーブレイクで読んでみてください。

あなたは古今集の序(仮名序)を読んだことがありますか。学校で習えばともかく「古今集」がとても好きという人でないときちんと読んでみたことのない人が多いでしょう。私は和歌の完成は「古今集」と思う人だし、紀貫之の古今集の序には現代短歌にまで繋がる歌の真理が込められていると思うので、短歌を志した人なら一度は読んでいただきたいと思うのです。でも難しい、現代語訳でもめんどくさいと言う方に、曲ををつけて歌にしたものがあったのです。
これは本文冒頭のほんの一部を歌詞としたもので、千葉聡さんが作曲「うたう古文 古今和歌集やまとうた」で検索するとユーチューブで聞くことが出来ます。

 やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける

 世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、
 見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり

 花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生きるもの、
 いづれか歌をよまざりける

 力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)を もあはれと思はせ、

 男女のなかをもやはらげ、猛きもののふの心をも慰むるは、歌なり

 (和歌というものは人の心をもとに、そこから千万の言葉を紡いでいるのだ。
 世の中の人は事件や仕事が多いものだから、心に思う事を何かを見たり聞いたりするにつけて歌にしてきたのだ。
 人だけでなく花に鳴く鶯の声、水に住むカエルの声を聞けばおよそ生あるものはみんな歌を歌ってきたのだ。
 力を入れなくても感動で天地を動かし、鬼神でさえ感動させる。
 男女のあいだもなごませ、荒れた武士のこころも慰めるのは和歌である。多香子拙訳)

仮名序はまだ延々と続くので、これを一番として二番三番を続ければなかなか良い教科書となるのではないかと思うのです。出来れば学校教育に取り入れてもらえば、何か聞いたことがあるなと耳に残ってくれるのではないかと期待したくなります。
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