2013/10/30

惟喬(これたか)親王の墓所  神社仏閣/教会

 惟喬(これたか)親王が祀られている墓所と伝わる石造宝篋印塔。やんごとなき方であるという目印の菊紋。錆びた鉄の閂(かんぬき)が取り付けてある。

クリックすると元のサイズで表示します

 やはり村人たちにとっては、また木地師の方達にとっては、敬愛やまない方だったのだろう。大河ドラマの『平清盛』で、讃岐に流された崇徳院が、村人に敬愛され穏やかな日々を得たことを思い出した。

クリックすると元のサイズで表示します

 大皇器地祖(おおきみきじそ)神社の鳥居がのぞまれる。

クリックすると元のサイズで表示します

 目を移せば、ここで暮らす人々の家並みが広がる。

クリックすると元のサイズで表示します

 悲劇の人物が、判官びいきな日本人に人気がある故かどうか、惟喬(これたか)親王の墓、といわれるものはあちこちにあるらしい。想いを寄せる人たちの数だけ墓ができる、ということか。それもまたよし。どれが本物かなんていう詮索は無意味だ。

クリックすると元のサイズで表示します

 次は、隣にある金龍寺へ。惟喬親王の住居であったらしく「高松御所」と呼ばれてもいる。いかにも木地師の祖神らしく、門柱のように大木が左右に伸びている。
0




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ