2010/2/4

ファンタジーな日々  読書

 子どもの頃、といっても小学生の低学年とか中学年くらいか。

 宮沢賢治の『月夜のでんしんばしら』というお話は、なぜかとてもこわかった。学校のテレビで、このお話の人形劇をしていたのを先生がみせてくださったのだが、もう私にはホラー以外のなにものでもなかった。

 あの顔がついて行進する電信柱も、電気を放つ電気総長のじいさんも。深夜になるときっと電信柱は行進しているのだと、けっこう本気で信じていた。あんな怖い物は、ぜったいに見たくない!と夜が怖かったのを思い出す。(それなのに、高学年になると遅くまで起きてテレビを見ていたりした。不思議だ)

 それから『鏡の国のアリス』を読んだ時もだ。アリスが鏡の国に行くとき、「アリスは鏡の前で腕を組み、『むにゃむにゃむにゃ』とじゅもんをつぶやきました。するとどうでしょう。鏡がぐにゃぐにゃにとけて、穴があいたではありませんか」という部分があった。その穴からアリスは鏡の国に行くのである。

 私も母親の姿見の前に立ち、腕を組んで「むにゃむにゃむにゃ」とつぶやいてみた。鏡は静かに平らで、せせらわらうように私を写していた。同じ呪文をつぶやいているのに、どうして鏡に変化がないのか、なにが間違っているのか、とても不思議だった。

 こどもって、面白い。たぶん母親として傍観していたときより、こどもの私の方が、もしかしたら面白かったかもしれない。ファンタジーに満ちた日々だったのだ。

 いや、もしかしたら今だってファンタジーに満ちているのかも。だってたいがい毎日「おおお〜!」という事(感動、驚き、恐れ、喜び)はあるもの。マンガ『よつばと』のよつばちゃんみたいに・・・私は幼児か?
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