2014/7/29

「泣いた赤鬼」一件落着。  妄想

 ずーっと『泣いた赤鬼』という物語にもやもやしていた。なんだかひっかかる結末なのだ。

 しかもこれ、教科書にも載った浜田廣介の代表作である。廣介童話だ。子どもの読み物である。子どものときからずっと、腑に落ちない思いを引きずったまま、まもなく半世紀を迎えようとしている。

 今日も、ふとこの話を思い出して、腑に落ちない思いに悶々としていたが、突如とんでもない考えが頭をよぎった。涙無くしては読めない友情物語の振りをしているが、もしかすると、青鬼の計画的犯行だったのではないか? 

 赤鬼って、どうみてもパッとしてなく冴えてない。しかも鬼としてはアウトローで、友達いない感が漂っている。もともと鬼自体があまりいない地域なのかもしれないので、たまたま幼なじみだった青鬼とは「友達」だったけど、鬼として優秀でプライドもあり頭も良く気配りも行き届いている青鬼は、成長するにつれ赤鬼のことがめんどくさくなってきたのではないだろうか。もっと気の合う鬼友達を探しに引っ越そうと思っていた矢先、願っても無い赤鬼の悩み相談に乗っかる事に。

 またとない友情篤い青鬼として赤鬼の心に残りつつ、後腐れ無く別れられた、という青鬼の企みだったのでは。

 実も蓋もないけど、ものすごく腑に落ちた。個人的には、一件落着。
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2014/7/30  10:29

投稿者:紙魚子

ああそうか、ご近所ではなかったんですね。私はふと「できる」青鬼、ドロップアウトの「赤鬼」という図式がふとひらめいて、こんな仮説をたててみたらすごく腑に落ちて。たとえばアメリカ人の友達がほしくて、その夢はかなったけど日本人の親友を失うはめに、みたいなことなら、それはアンハッピーじゃないか、アンハッピーな結末には、なにか教訓か意味があるんじゃないかと思い、悶々としていました。「いい話」をぶちこわしてごめんなさい。でもいい話にしては、どうにも腑に落ちなくて、自分なりに解決したかったのでした。私的イメージ「実はちょっとクールであたまのいい青鬼」に、ハッピーになってもらいたかった、という妄想もあるんですよね。

2014/7/30  3:21

投稿者:☆紗

面白い解釈ですね。でも私はこどものとき泣かされた「青鬼くん友情篤い」説を捨てきれません。幾つも山を越えて会いに来てくれたんだもの。青鬼くんは存外ぶつけた頭の後遺症がひどくて、犬や猫が飼い主から離れて死ぬようにフェイドアウトしたのだと、ずっと思ってきました。ただし、本当に死んでしまったわけではなく、どこかで温泉療養して、その後は遠い地で第2の鬼生をエンジョイしたのでは?こんな意見を何十年後に書き合うなんて、廣介童話、恐るべし!


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