2010/4/26

等伯プロムナード  アート

 というわけで、いつもなら京都駅から京博までは徒歩だけど、今回は時間節約のため、珍しくバスで京都国立博物館へ。

 半分くらいが京博前で下車するので、ダッシュで前売り券を見せつつ入口を通り、列の最後尾につく。やはり30分まちの案内が出ているが、長蛇の列であることは予想通りだった。

 それにしても暑い。今朝は肌寒いくらいだったので、一枚軽めのセーターを着ていたのだけど、それも脱がざるをえない。日焼けしそうなくらい日差しが強いのだもの。京博で貸し出している日傘を差している人が、何人もいるくらいだ。

 順調に列は短くなっていくが、私の後ろにもどんどん列が続いて行く。やっと入口にたどり着き、第1室に入場。
 若い頃、等伯は「春信」と名乗り、熱心な法華宗信者だったため、主に仏画を描いて生計をたてていたらしい。でもあまりに小さな絵だったり、剥落していて状態が良くなかったりするので、すいすいと流して行く。この部屋は、まだひとだかりが著しかったし。

 「春信」の描く肖像画は、「安土桃山」というかなり昔の人の肖像画とは思えなくて、なんだか明治くらいのあっさりとした、でもリアルに上手い人物像に思えた。「なるほど、こんな人だったんだ」というのが、とてもわかりやすい。シンプルだけど深い。

 「山水図襖」は、一面に施された雲母刷りの桐花紋が、ふりそそぐ雪のように見え、そこに水墨画の雄大な世界が広がっている。プリントの上に水墨画というのは、初めて見たかも。でも絶妙なバランスで、上品かつおしゃれな水墨画だから、斬新でうっとりな襖なのです。

 おお〜!! と唸ったのが「金碧画」の部屋だ。大作が目白押し!
「柳橋水車図屏風」の、デザイン性の高さにうっとり。流麗で素敵な柳のしなった枝が、金色の地に映えること! あんな「おしゃれな柳」、見た事無い。
 その隣の「萩芒屏風」の、なんとも侘しげで寂しげな芒の姿が、心をしんみりとさせる。「わけいっても わけいっても、萩と芒」みたいな(笑)

 で、振り向けば向かいに、どど〜ん!とあるのが「波濤図」!! これはもう、「なんてカッコイイ!!欲しい!!」と思いましたね。(私は古田織部か、と一瞬苦笑)

 見ているとファイトが湧いてくるというか、やる気がむくむくとわき上がってくるというか。切り立った鋭い岩、そして細い白い波が束になって、うねる、渦巻く、飛び散る、逆巻く! 恐ろしくカッコいい大作なのでした! これは必見!

 たぶん会場にいかないと、その大きさはわからないであろう、巨大な「仏涅槃図」も、じっくり詳細に見ると、様々な動物や人物の嘆き悲しみ様が伝わり味わい深い。天空に覗く月が、肉体的にはおなくなりになった仏の魂のようにも思える。「わたしはここにいるから、かなしまなくてもいいのだよ」というように、皆を照らしているようにも思えるのだ。

 水墨画の部屋では、定番というか有名な作品、超キュートな「枯木猿猴図」がおまちかね。等伯が傾倒したらしい中国の画家、牧谿(もっけい)がこんなサルを描いていたっけ。絶対ニホンザルじゃないよね、このひとたち。でもこの愛らしさは、万人を魅了しつづけているはず! 水墨画の猿は、これだって! というか、これしかない!みたいになってるかも。

 「烏鷺図屏風」の烏が飛び交うデザイン性とかも、モダンでかっこ良かった。等伯の手にかかれば、動物も植物も生き生きと動いている。

 で、トリは「松林図屏風」なんだけど、息子が「PC替わって!」と言って来たので、本日はここまで。

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2010/4/27  23:26

投稿者:紙魚子

日曜日だから激混みだろうと覚悟していたのですが、そして案の定、最初の方は混みあっていたのですが、案外お部屋を経るにしたがって、ゆったりと見る事ができました。後半は大きな絵が多かったので、みなさん「引いて見る」という鑑賞が必要な事を知っていらっしゃったのでしょうね。金、土曜日は、やっぱり混んでいるらしいですが、案外日曜日は狙い目かもしれないです。

2010/4/27  7:19

投稿者:れんくみ

うわ〜!連続ドラマみたいな終わりっぷりですね。
私らが行ったのは、一時間待ちでした。お昼の予約があり、
これまた『超おいそぎコース』でした。巨大な「仏涅槃図」もひとだかりで見られませんでした。お猿もいっぱいで素通り。
でも、松に萩に柳に波・・これらの描きつくされたであろう植物は、
彼の手にかかったら・・いやはやなんとも・・。
今まで、あまり日本画でみたことのないような生き生きしたものでした。形式にとらわれてなくて、日本画にあまり感じられない奥行きがものすごく感じられ『行っても行っても萩』『迫りくる波』『風にそよぐ柳』『松のきめこまやかな枝振り』!いろんなお寺で、生活に根ざしながら愛おしみ大事にされていたであろう、あまり、きんらんきんらんしていない、枯れた古びたかんじが、琳派のきらびやかで豪勢なかんじと違って、しみじみと心の中に入ってきました。
人物画については、私は、あまり感じるところがなかったのですが、きっと『デフォルメ似顔絵』が得意で、そのひとひとの本心を如実に描いてたんでしょうね。


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