2011/9/4

『吸血鬼ノスフェラトゥ』をひとかじり。  映画/ドラマ

『吸血鬼ノスフェラトゥ』(原題:Nosferatu – Eine Symphonie des Grauens/ドルビーデジタル/94分版)はF・W・ムルナウにより1922年に作成されたドイツ表現主義映画。ドラキュラを扱ったホラー映画の元祖として知られる。

 モノクロ/サイレント映画。セリフが入るべき個所には、ドイツ語の美しいレタリングの文字が差し入れられていた。日本語字幕付きで。サイレントだけど音楽は延々と管弦楽が流れて、時の流れや不気味さやを盛り上げる。

 イギリスの作家ブラム・ストーカーの小説「ドラキュラ」を土台として製作された、映画史上最初の吸血鬼映画であり、ホラー映画の原点として、カルト的人気を持つ。

 ストーリーはこんな風→不動産屋で働くフッターは、ドイツのヴィスボルグに家を買おうとしているオルロク伯爵に会うため、トランシルヴァニアへ赴くが、奇妙な出迎えや伯爵の態度に動揺する。翌日になり、フッターは自分の首に2箇所の傷跡があるのを見つけ…。

 というような映画が、9月2日のBSプレミアムで午後1時より放映されていた。う〜ん、吸血鬼の映画か〜、と新聞のテレビ欄をみたときには、まったく見る気持ちはなかったのだ。

 それなのに途中少しだけど、ふと観てしまったのは、この番組の前にある週刊ブックレビューを観ているうちに、睡魔に負けて眠ってしまったからなのだ。
 眠りから覚めつつあるとき、「あ、次のシネマの時間になっちゃってる・・・でもおかしいな、映画なのに音楽しか聴こえない??」と目を開けると、モノクロORモノカラーでサイレント映画が!

 え〜〜?? なにこれ?? 

 と、ふと観てしまったら、なんともいえないムードと、それから真面目なのか狙ったのかわからないお茶目なシーンが続出で、しばし目が釘付け。

 古いヨーロッパの映画だから、上品で芸術なのだけど、そのうえホラーだというのになんとも可笑しい。 

 私が観た部分では、たとえば。

 吸血鬼である伯爵が、客がバターナイフで指を切ったときに、指から吹き出す血をみて欲望を抑えられず、いまにも彼の指をなめようとする様子(そして客がドン引きする様子)が、あまりに可笑しくて「これ、もしかしてコメディ!?」と誤解するほどだった。

 あるいは、伯爵に少し血を吸われたらしき客が「蚊が多いのに閉口するよ。首を二カ所かまれてしまった」と妻あてに手紙を書く所とか。それ、のんきすぎる! 

 それから伯爵の手下が吸血済みの蚊を何度も手づかみしつつ、その蚊の腹にある血を横取りしてすするところとか。それ、あんたの血では? リサイクルか?とツッコミをいれたくなったりとか。

 そんな摩訶不思議な面白さに満ちていたのに、「いや、こんなことをしていてはいけない。おしごとおしごと!」と家事をするため中断してしまったのは、悔やんでも悔やみきれない。あとでネットでみたら、えらいカルトな映画じゃないですか〜!! うわー! 惜しいことしたー!

 それでネット上にアップしてある動画を探して、少しだけ追加で観てみたら、やっぱり可笑しい!

 伯爵が日の光を避けながら旅をする場面では、最初は棺桶(日中の伯爵用ベッド)ごとふわりと移動して、「さすが吸血鬼のパワー!」とドキドキするのに、なぜか途中でカラの棺桶をもって、うろうろと街をさまようお間抜けなシーンが! なんじゃこりゃ〜!

 それから最初に伯爵からの手紙を手下?が読むシーンがあって、ところどころ手書きの絵が入っていて、それには海賊のドクロみたいなのもある。そのドクロが非常に味があって、きっと白洲正子とかティム・バートン監督とかがオオヨロコビしそうな感じ。不気味なのに個性的でユーモラスでどこかカワイイ。

 ティム・バートン監督がオオヨロコビしそうな物件は他にもある。伯爵のうちにあった時計。丸い文字盤の上に骸骨がいて、柄の長い金槌のようなもので時を打つという、いかにもティム・バートン好みの仕様だ。映画『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』に登場してもすっと馴染めそうなガイコツだった。
 と同時にとっても哲学的で素敵。まさに「メメント・モリ」。

 これはいずれ制覇せねば、と思わせる映画だった。ホラーのどきどきも、不気味なぞくぞく感も、映像の美しさも、まじめで上品なヨーロッパ映画なのに、というか、だからこそのオモシロさもある、とっても異色の映画。

 ほんのひとかじりしか観ていないのに、延々とすみません。
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